小松
八木さんとは以前、白樺樹液の取材で美深にも一緒に行きましたよね。
八木
行きましたね。白樺樹液まつりにも行って、温泉にも入って(笑)。楽しかったです。
小松
今日は改めて、八木さんが北海道でどんな仕事をしてきたのか、そして北海道の自然について聞きたいと思っています。まず、もともとは東京でお仕事をされていたんですよね。

八木
はい。大学卒業後に東京の出版社に入りました。雑誌編集をやりたかったんですが、最初に担当したのは音声出版、当時はカセットブックという、今だとオーディオブックの制作です。
小松
北海道に来たきっかけは何だったんですか?
八木
北海道の人と結婚したことです。その後すぐ雑誌広告の部署に異動することになって、初めての広告の仕事が忙しすぎて、そのまま東京で別居婚をしていたんですが、ずっと続けるわけにもいかないので北海道へ来ました。
小松
北海道に来てから、念願だった雑誌編集の仕事に就いたんですね。
八木
そうですね。最初は編集とは別の仕事をしていたんですが、やっぱり編集をやりたいと希望して、その後、雑誌の編集長を務めるようになりました。
それから『北海道生活』も担当することになって、長く北海道各地を取材するようになりました。
小松
かなり忙しかったんじゃないですか?
八木
忙しかったですね(笑)。
でも『北海道生活』は、札幌以外のことをほとんど知らないところから、自分で道内を回って育ててきた雑誌だったので、だんだん思い入れも強くなっていきました。

小松
『北海道生活』は、もともとどんな雑誌だったんですか?
八木
最初は「北海道に移住したい人のための雑誌」でした。
でも移住だけだと、読者の入り口がすごく狭いですよね。
小松
確かに、移住を考えている人だけになりますね。
八木
それで、「北海道が好きな、すべての人へ」というコンセプトに変えました。
最初は旅行でも観光でもいい。何度も来るうちに北海道をもっと好きになって、夏だけ住むようになったり、最終的には移住したりする人もいる。
まず北海道を好きになってもらう入り口を広げようと思ったんです。
小松
そうやって、北海道中を取材してきた中で、印象に残っている自然はありますか?

八木
最初に『北海道生活』で取材したオホーツクですね。
札幌から網走に転勤した友人がいたんですが、行く前は「網走なんて行きたくない」と泣いていたんです。
小松
そんなに(笑)。
八木
それが3か月後には「最高だ」って言っていて。
「何がそんなに最高なんだろう」と思って、最初の取材地をオホーツクにしたんです。
小松
実際に行ってみて、どうでした?
八木
女満別空港から網走へ向かう途中の、まっすぐな道と田園風景にまず驚きました。
観光名所でも何でもないんです。でも、ものすごくきれいで。
小松
北海道って、目的地に着くまでの風景がすごかったりしますよね。
八木
そうなんです。友人が「ベルギーみたいでしょ」と言ったんですが、本当に少しヨーロッパの田園風景みたいで。
何でもない風景に、いきなりわしづかみにされた感じでした。

小松
その他に印象に残っているところはありますか?
八木
羊蹄山と利尻山ですね。
東京にいた頃は富士山が大好きで、新幹線から見えると拝んでいたくらいなんです(笑)。
小松
そこから羊蹄山を見て。
八木
びっくりしました。
羊蹄山は、山の周りにずっと緑が広がっているじゃないですか。
小松
確かに富士山とは周りの景色が違いますね。
八木
利尻山もすごいですよね。海の中に山が浮かんでいるみたいで。
「北海道にはこんな景色があるんだ」と、二つとも度肝を抜かれました。
小松
北海道の自然って、すごく力強いですよね。
八木
そうですね。
『北海道生活』ではカメラマンさんと一緒に取材して、私が「わあ、すごい」と思ったものを撮ってもらっていました。
絵はがきみたいに完璧な景色じゃなくても、自分がその日に見たもの、そのままを伝えたかったんです。

小松
本当に、北海道って何でもない景色がとても美しいですよね。
八木
そうです。
でも、北海道の人って、その魅力に気づいていない人も多くて。
「何もない」ってすぐ言うんですよ(笑)。
小松
ありますね(笑)。
八木
「歴史もない」「いいところもない」「見るものもない」って。
でも、話を聞いていくと絶対に何かあるんです。
小松
どうやって見つけていくんですか?
八木
「何かあるでしょ?」って、とにかく聞く(笑)。
あとは一緒に歩いて、こちらが「これ、いいじゃないですか」と見つけることもありました。

小松
八木さんらしいですね。
八木
大手の観光情報誌と同じことをしても仕方がないので、地元だからこそ見つけられるものを紹介しようと思っていました。
夏にラベンダーを見て、ウニ・イクラ丼を食べて、ソフトクリームを食べる。
それもいいけど、それだけじゃない北海道の魅力を伝えたかったんです。
小松
「北海道には歴史がない」と言う人もいますけど、実際にはオホーツク文化のような独自の歴史がありますよね。
八木
そうなんです。
私は京都にも住んでいたので余計に感じるんですけど、京都の歴史と北海道の歴史を同じ物差しで比べなくていいと思うんです。
小松
北海道という名前になってからの歴史だけを見ると、短く感じてしまう。
八木
そう。でも、その前にはオホーツク文化や擦文文化など、本州とは異なる文化の流れがあって、その先にアイヌ文化へとつながっていく歴史がある。
本州で習う歴史とは違う流れが、北海道にはずっとあるんですよね。
小松
自分も改めて北海道の歴史を知ると、本州とはかなり違う文化圏だったんだなと感じます。
八木
私もそう思います。
北海道の人自身が「歴史がない」と言ってしまうのを聞くと、「いや、あるよ」って言いたくなるんです(笑)。
長いか短いかではなくて、この土地ならではの歴史がある。
それを知ると、今見えている北海道の風景も、少し違って見えると思います。

小松
でも、北海道の人って「何もない」という割には、北海道が大好きですよね。
八木
そうなんです。
「北海道には何もないよ」と言うのに、「じゃあ北海道以外に住みたいですか?」と聞くと、「いや」って(笑)。
小松
ね(笑)。
八木
みんな自分の土地で機嫌よく暮らしているんです。
だから私は、むしろ豊かだからアピールしようと思わないのかな、と感じることがあります。
小松
もう十分あるから。
八木
そう。十分いいところに住んでいるから、それをことさら言わない。
本人たちは気づかずにのんびりしているんですけど、その姿を見ると「やっぱりここは豊かなんだな」と思います。

小松
北海道の自然を生かしてものづくりをしている人も、たくさん見てきたと思いますが、北海道らしいところって何だと思いますか?
八木
食べ物もクラフトもそうですが、まず「そこにあるものを使う」という人が多いと思います。
小松
新しく何かをつくるのではなく。
八木
そうです。
最近は、木材の端材だったり、ホタテの貝殻だったり、今まで捨てていたものを何とか生かせないかという人も増えています。
小松
ナチュラルアイランドでも、イタドリのような身近な植物を素材として使っています。

八木
イタドリ自体、「邪魔なもの」と思われることもありますよね。
でも、それって人間の都合じゃないですか。
小松
確かにそうですね。
八木
北海道では普通に生えている植物を、こちらの人は「雑草」と呼ぶ。
でも道外の人が見たら「こんなハーブが普通に生えているの?」って驚くんです。
小松
見る人が変わると、価値も変わる。
八木
そうなんです。
北海道の人にとって当たり前の自然が、外から見ると全然当たり前じゃない。
まだそういうものが、たくさんあると思います。
小松
『北海道生活』が廃刊となった今は、どんな仕事をされているんですか?
八木
今は大きく二つあります。
一つは、これまで通り編集者として北海道のいいもの、いい人、いいことを見つけて伝える仕事です。
小松
もう一つは?
八木
「北海道地域アドバイザー」という肩書きを自分でつくりました。

小松
八木さんらしい仕事ですね。
八木
長く北海道各地を取材させてもらったので、今度はその経験を地域に返していきたいと思ったんです。
小松
具体的には、どんな相談があるんですか?
八木
いいものをつくっているのに、どう伝えればいいかわからないとか、今やっていることをどう続けていけばいいかわからないとか。
そういう地域や会社の人たちと一緒に考えています。
小松
八木さんが答えを教えるというより、一緒に見つけていく感じですか?
八木
そうですね。
話を聞いているうちに、その人たち自身が「自分たちはこんないいことをやっていたんだ」と気づくことがあるんです。

小松
そこに光を当てる。
八木
本当にそのくらいです。
ちょんちょんとつついて、「いいじゃん、いいじゃん」って(笑)。
その人たちが自分で「これを伝えたい」と思えるようになったら、私の役割は終わりだと思っています。
小松
長く北海道を見てきても、まだ可能性を感じますか?
八木
まだまだあると思います。
北海道には、ただそこに自然にあるものがたくさんあります。
それを誰かが見つけて、価値を見いだして、人の手で生かしていく。
小松
何かをゼロからつくるというより、すでにあるものに気づく。
八木
そうです。
北海道って、「何もない」と言われる場所にこそ、実は面白いものがあるんですよね。
だから私はこれからも、そういうものを見つけて、そこで暮らしている人たちと一緒に未来を見ていけたらと思っています。
小松
これからも、それぞれの立場から北海道の魅力を発信していきたいですね。



